一九九七年五月、三歳の男児が急性呼吸疾患と高熱でホンコンの病院に入院した。
二、三日後、彼は死亡したが、不快なインフルエンザウイルスが彼の気道から分離されたのはそのあとであった。
もしホンコン保健省の科学者たちがこのインフルエンザウイルス株を同定できなかったという事実がなかったならば、このエピソードは気づかれないままに過ぎ去ったであったろう。
彼らはそのウイルスを三つのWHO国際参照研究室へ送ったところ、すべて同じH5Nlという答えを得たのである。
これは人間に感染する完全に新しいウイルス株であったが、その年の初めにホンコンの三つの農場で四五00羽の二ワトリを死なせた株と同一であった。
その時点では、H5ウイルスは人間に感染したことがなかった。
実際、トリインフルエンザウイルスが、中間的なブタの「ミキサー」なしに直接に人間に感染するものとして記録されたことはなかった。
WHOが調査を支援するために専門家チームをホンコンへ送ったあと、何事もなかったように静かになった。
しかしそれは一二月までであった。
その月に、ホンコンのある市場で突然数百羽のニワトリが死んだのである。
再び犯人はH5Nlであり、中国国境近くの農場でさらに多くの感染したニワトリが見つかった。
この時点までに一七人のH5Nl感染者と、新たに四人の死者が出ていた。
「殺し屋ばい菌が出現する」地域住民の間に高まる恐怖と急速な旅行者の減少に直面したホンコン政府は、すぐに行動することを決断した。
ホンコンの二00の農場と一000の交易所にいたニワトリ三0万羽すべてが二四時間以内に屠殺された。
中国からの輸入が禁止され、ホンコンから伝統的な新年の宴会用のニワトリが姿を消した。
憤憩やるかたない養鶏農家や商人や料理人であふれたことであろう。
この迅速な行動は果たして危機を防いだのか?私たちにはわからないが、しかし、少なくとも言えることは、この強制措置によって、ホンコンのニワトリにさらに感染することが防がれ、このウイルスが他のニワトリウイルスと遺伝子再集合する機会が取り除かれた、ということである。
科学者たちは現在その遺伝子の分析を終了しているとはいえ、私たちがこの新型のインフルエンザ株について知らないことは依然として多い。
なぜこの株はニワトリに対して致死性がそれほどに高いのか?(実験的に感染させた二四羽のうち二三羽が死んだ)。
どうやってそれは人間に感染するのか?それは人から人に感染することがありうるのか?あるいは、ホンコンで起こった人間への感染はすべて直接ニワトリからのものなのか?今回は流行もしくは汎流行が回避されたが、しかし私たちは監視を緩めるわけにはいかないのである。
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